姫路靼再現プロジェクトの記録

第9歩 毛がき、天日干し

2011.8.30

裏をいて、塩抜き……No3の皮 板目皮いためがわ熟革じゅくがわ

 昨日、腐らないよう塩水に漬けておいた皮No3。今朝は、この皮の裏きから始めます。皮の裏側から余分な薄皮や脂肪分、にべを取り、皮の厚さを整える作業です。かつては、革の厚みをそろえるのが専門の裏漉き師という職人がいて、漉き包丁一本で、にべをそぎ落とし、革の裏側から厚さを均一に仕上げたそうです。ぬるぬるし、弾力性に富む皮が相手ですから、下手なひとがやると、デコボコになったり、穴をあけたり、破れる場合もあるでしょう。完成時の品質を左右する作業のひとつです。

 今回、漉き包丁は用意できても、残念ながら使いこなす技術がありません。この工程は機械に任せることにしました。マシンと呼ばれる皮革用機械に通しました。皮の裏側が薄くそぎ落とされて、一気に終了です。薄皮がなくなったので、つるっとした手ざわりで、見た目も表面同様にきれいに仕上がりました。また一歩前進です。

 ここまでNo3の皮は、丸皮の状態だったので、裁断して半裁2枚に分けました。一枚は板目皮いためがわをつくり、一枚は熟革じゅくがわをつくります。

 午後からは塩抜き。保存時は、腐敗を防ぐため、ずっと塩水に漬けてきたので、ここでその塩分をきれいに洗い流したいのです。昔のひとは市川で丸洗いしたようですが、効率を考えタイコを使いました。時間短縮です。タイコに水を入れて、ぐるぐる回し、水を入れ替えながら、30分経過。はたして、どうか。塩は抜けたか? タイコから皮を取り出し、噛んでみました。皮からしみ出てくる水分に舌を伸ばします。塩辛ければ不十分。昔ながらの確認法です。メンバー一同、恐る恐る皮の味見をして「あかん、まだ辛いわ」と一致。さらに、30分タイコをまわしても塩辛かったので、次の日の朝までタイコに入れておくことにしました。タイマーをかけて、30分に1回1分ほどまわします。

 明朝、塩が抜けていれば、最終工程へ。板目皮と熟革の完成はすぐそこまで来ています。明日が楽しみです。

毛がき、塩もみ、天日干し……No1の皮 姫路靼ひめじたん

 姫路靼ひめじたん用の皮No1には本日、3回手が入ります。毛がき、塩もみ、天日干しです。最初は毛がき。先日、せん包丁で脱毛しましたが、微妙に毛が残っていて、その毛の毛根やぬたをすべてそぎ落とす作業が毛がきです。

 大崎さん持参の毛がき包丁を使いました。中華包丁のように幅広い刀身が特徴の包丁です。ただ1点、中華包丁と違うのは、刃の切っ先とアゴの両端が尖らず、丸いこと。皮を傷つけないための工夫です。

 包丁を縦に入れると、皮が切れるので、斜めに入れて、毛を落とします。塩で水気をかなり抜いているので、毛が取れにくかったですが、なんとかきれいな銀面になりました。

 次は、塩もみ。昨日は5リットルの塩をもみ込みました。今日もさらに、5リットルもみ込みます。毛がきの終わった皮の表に2リットル、裏3リットルの塩をどさっと振りかけ、ある程度手もみしてから、昨日同様タイコの力を借りて、17分間まわしました。

 よく考えると、本日3回目の機械頼みですね。本プロジェクトでは、昔と同じ材料を使い、昔と同じ製法でおこなうことを原則にしています。しかし、文明の利器をたびたび使っているわけです。さきほどの皮を薄く均一の厚さにそろえる裏漉き工程は、自らやりたくてもその技術がなく、だから、マシン作業は当然の選択でした。塩もみ、塩抜きでタイコを利用するのは、裏漉きとは違います。やればできるかもしれませんが、その代わり膨大な作業時間を要します。メンバーそれぞれ本業の仕事とかけ持ちで進めるプロジェクトですから、現実的とはいえません。それに気温が高い環境下、スピーディーに作業を進めないと、皮が痛んでしまいます。「最初は威勢がよかったのに、機械ばっかり使ってるじゃないか」と、白ける方もいらっしゃるかもしれませんが、技術不足と効率性を考えての機械利用。ご寛容のうえ、引き続きお付き合いいただければと思う次第です。

 タイコで塩もみしたあと、皮を市川に持って行きました。本日最後の工程、川原での天日干しです。川原は広いので、干し場はどこにでも確保できます。午後12時50分。天気は曇り。表面を上にして、石の上に広げました。

姫路靼はなぜなめされる? その原理とは

「天日干しの段階でね、すでになめしが始まっていると思います」。皮革製造に関するドイツのオーバーマイスター資格をもつ金田が、そう話しました。外で干しているあいだに、皮に重要な変化が起きているという話ですが、その変化を理解するためには、まず通常のなめしについて知らなければいけません。金田が科学的な側面からなめしを説明します。

姫路靼の天日干し 「すべての動物の皮膚部分、すなわち皮は、たんぱく質のコラーゲンから成り立っています。その内部は無数のアミノ基とカルボキシル基がスパイラル状につながっているんですね。なめすためには、ひとまずこの結合を分離させる必要があります。高アルカリ性の石灰や硫化物を利用して分離。そこへ樹木から採取したタンニン剤を加えます。すると、タンニンとアミノ基がイオン結合し、そうして皮は革になります。科学的になめしは、このようにとらえられます」

 たんぱく質の分離と結合。皮内部の質的変化によって、皮は腐らなくなり、なめされた革に変化するのです。

「ところが、姫路靼の場合、分離や結合に使うのは、塩と菜種油のみ。ヨーロッパの学者には、理解できない技法なのです。しかし、ヨーロッパのなめし法則にそぐわなくても、姫路靼は何百年経ったいまも小物入れや書物入れとして立派に存在しています。認めざるを得ないでしょう」

 では、姫路靼は科学的にはどのように考えればいいですか。天日干し中の皮を手に取りながら、金田が続けます。

「原皮を毛抜きするため市川に漬けました。石のコケが皮に移り、酵素が繁殖し、毛根を腐らせました。その際、たんぱく質のコラーゲン繊維も酵素分解されて、アミノ基とカルボキシル基に分かれたのでしょう。その後、塩もみで浸透させた塩化ナトリウムの、ナトリウム基はカルボキシル基と、塩素基はアミノ基とイオン結合したと考えられます。しかし、このイオン結合は強くありません。直射日光のもとで干すことで、紫外線の熱により結合が促進され、強く結びつけられていると考えられます」

 たんぱく質の分離、そしてイオン結合。すでに、皮はなめされ始めているようです。同時にこの説明で、塩の役割がこれまでとは異なることもわかりました。先日No3の皮を塩水に漬けたのは、腐敗防止のため。ポリタンク漬けでも、塩は腐敗の進行を遅くする調整剤でした。これらの工程での塩は、どちらかというと守りの働きで、状態を維持するために投入しましたが、今回は違います。塩もみで入れた塩は、姫路靼づくりに欠かせない重要な役割を担っていたのです。

「後日、菜種油を皮に入れますが、菜種油の脂肪酸が紫外線の影響により酸化し、電極分離していたコラーゲンに結合します。そして酸化結合が促進剤となり、何百年も腐らない姫路靼が生まれるのだと推測します」

 なめしの専門技術者である金田にとって、姫路靼を実際に体験しながら、自身の理論を検証することは、今回のプロジェクトの目的のひとつです。

 5時まで川原で干すと、少し水分が抜けて乾いていました。今日は引き上げて、また明日も干しに行きます。その間は折りたたんで工場内で保管です。

 残り1枚、No2の皮ですが、こちらは状態があまり進んでいなかったので、さらにポリタンク漬けを続けます。脱毛作業は先延ばしです。


作業終了後の皮の状況
No1 室内保存
No2 ポリタンク漬け
No3 タイコで塩抜き

8月30日(火) 曇り 川原の気温34度 工場内28度